【名曲】村下孝蔵の「初恋」動画と歌詞!若くして亡くなった死因は?

芸能ブログライターのkomichiです。

今回は、現在話題となっている「[名曲]村下孝蔵の「初恋」動画と歌詞!若くして亡くなった死因は?」です。

村下孝蔵の初恋は、カラオケでよく男性が歌っていた定番だったなと思い出し、懐かしく感じてしまいました!

この記事では、1999年に若くして亡くなってしまった村下孝蔵の名曲初恋動画や、歌詞についてや死因はなんだったのかをご紹介していきます。




[名曲]村下孝蔵の「初恋」動画と歌詞


それでは、個人的に名曲だと思っている村下孝蔵の初恋の動画を見ていきたいと思いますが、いったいどんな人物だったのかをまずはご紹介しておきましょう!

1953年2月28日生まれで、熊本県水俣市浜町で生まれ育ちました!

村下孝蔵は出生地で映画館を営んでいた両親の元へ3人目の子供として生まれ、当時両親は7軒もの映画館を営んでいた資産家でした。

幼い頃から無口で、生まれたときも赤ちゃんの鳴き声がしないと近所の人たちに不思議がられたといいます。

6歳の頃には姉と一緒にロカビリーに夢中になり歌手へのあこがれを口にするようになり、親にギターをねだったところ不良になるからダメと言われ、なんとギターを自作したそうです!

さすがにヒット曲を出す人は発想が自由です!

名曲を数多く残した村下孝蔵のこんなエピソードから、彼が一途に夢を追いかける性格だったんだろうなと勝手に推測してしまいましたが、あなたはどんな方だったと感じますか?

初恋の動画や歌詞なども多くの人がいまだに検索しているようですから、当時同じ時代を生きた同年代の人たちにとっては、とても心に残る名曲が初恋でもあるのだろうと感じられますね!

1971年に高校を卒業した村下孝蔵は、得意だった水泳で実業団「新日本製鐵八幡製鐵所」に入社しましたが選手としては平凡で、得意なギターを活かして宴会部長をしていたといいます。

ですがわずか数ヶ月後の9月に退社、1972年に日本デザイナー学院広島校インテリアデザイン科に通い始めました。

同年の夏には自主制作シングル「ひとりぼっちの雨の中」をわずか300枚ですが制作し発表、卒業後は「ヤマハ広島店」に就職しました。

仕事をしながら地道に音楽活動をしていきながら、1979年に自主制作レコード「それぞれの風」を発表、この頃には広島の音楽好きの間では知られる存在になっていて、バックアップしてくれる人も現れるようになりました!

同年に知人のライブハウス店主のすすめで、ソニーの全国オーディション(第1回CBS・ソニーオーディション)に応募し、ようやくグランプリを獲得しデビューへの道を切り開いていきました!

1980年の27歳のときにようやくデビューをします、曲は「月あかり」でプロデビューはしましたが、地道に広島で活動をしていました!

村下孝蔵の名曲「初恋」は、30歳のときの作品になりますがオリコンチャートで3位となり大ヒットします!

ですがこの初恋という名曲を世に送り出した前後に肝炎を発症し、テレビ出演はほとんどできませんでした。

こうやって、村下孝蔵の半生を見ていくと、かなりの苦労人であることが分かります!

デビューして名曲「初恋」のヒットまでかなり時間がかかっていますから、大変な道のりを歩いていたんだなと知り夢を追いかけるひたむきさに心を打たれる思いになります。

動画や歌詞でこの名曲初恋をいまだに楽しむ人がいるということは、そうとう心に響いた作品だったという話になりますからまさに名曲です!

この後動画や歌詞でこの名曲についていろいろとご紹介しますが、個人的にはあのなんともいえないテンポと曲調、さらに味わい深い歌詞が名曲と呼ばれるのにふさわしいと感じますが、あなたはどう思いますか?

それでは、動画と歌詞をご紹介していきましょう!

五月雨は緑色 悲しくさせたよ一人の午後は 
恋をして淋しくて 届かぬ思いを暖めていた 
好きだよと言えずに初恋は 振り子細工の心 
放課後の校庭を走る君がいた 遠くでいつも僕は君を探してた 
浅い夢だから 胸を離れない 夕映えはあんずいろ 
帰り道一人口笛ふいて 名前さえ呼べずなくて 
囚われた心見つめていたよ 好きだよと言えずに初恋は 
振り子細工の心 風に舞った花びらが 
水面を乱すように 愛という字書いてみては 
震えてたあの頃 浅い夢だから胸を離れない 
放課後の校庭を走る君がいた 遠くで僕はいつでも君をさがしてた 
浅い夢だから胸を離れない♪

曲調と歌詞だけでその状況が目に浮かぶ、本当に名曲だと言える初恋の歌詞の言葉使いも素晴らしいと個人的には感じます。

学生の頃片思いをして心を締め付けられるような経験をした人も多いと思いますが、改めて2018年になって1983年に大ヒットした今から35年も前の名曲が、動画で歌詞と共に簡単に見られる時代がやってくるなんてこ、のときに誰が想像していたでしょうか?

本当に驚きの大変化が起こっている日本ですが、ネット環境の広がりはこんなふうに私達の生活を変えていったんだなぁと思うと、この早い流れの変化に追いついていくのが難しいと感じている人もいるかもしれませんね。

個人的にも非常に久しぶりというか、何十年ぶりかで歌詞を確認しながら動画で村下孝蔵の名曲である初恋を聞いて、色褪せないエネルギーに才能という言葉が頭をよぎります!

ちなみに、初恋という名曲のレコードジャケットは最初村下孝蔵の横顔だったのですが、途中から「村上保」の切り絵に変わっています。

そして、この曲は実体験が元になった切ない歌詞ですが、村下孝蔵が中学時代テニス部の女の子を好きになり、部活で校庭を走る彼女の姿を校舎の窓から見るのが好きだったといいます!

しかし彼女に好きだと告白できないまま、少女は転校してしまいました。

転校する当日、初恋相手の女の子の周囲には友達が沢山いて、遠くからそっと見送ったという甘酸っぱい経験が元になっているそうです!

この初恋相手の桜井靖子さん(旧姓 高尾)は、村下孝蔵が音楽番組でこの名曲を歌っている最中に突然出演し彼を驚かせました!

非常に村下孝蔵は驚いたそうで、歌詞も良い、動画で見るとさらに味わい深いこの名曲を歌え終えた後も、まだ動揺していたといいますからよっぽど驚いたのでしょう!

さらに、初恋が発売された2ヶ月後に三田寛子がカバーをリリースし話題となっただけでなく、この名曲は「花王トニックシャンプー」のCMとタイアップして、当時中日ドラゴンウズの選手だった田尾安志とデュエットしています。

村下孝蔵が若くして亡くなった死因は?

ここからは、名曲を残し、なんと46歳という若さでこの世を去ってしまった村下孝蔵の死因について見ていきましょう。

そもそも多忙を極めていた1983年に忙しすぎて肝臓を悪くして入院をしてしまった村下孝蔵は、健康を意識していたので酒もタバコも嗜まない、散歩が日課の健康意識の高い男性だったそうです!

それなのに、1999年6月20日、いつものように駒込のスタジオでコンサートのリハーサルを行っていた村下孝蔵が、急に「気分が悪い」と言い出し、救急車を呼ばずにスタッフが付き添って病院へ行きました。

死因となる原因を調べてみると「高血圧症脳内出血」と判明し、治療を行わなければという状態だったその直後に意識不明の昏睡状態になります。

そこから、村下孝蔵は一度も目を覚ますことなく、4日後の6月24日に死因となった症状が原因でこの世を去ってしまいました!

村下孝蔵の死因となったこの病気の原因は、次のものがあります!

● 寒冷曝露といった自然環境
● 労働条件やストレスなどの社会的、精神的な要因
● 運動不足や高血圧や肥満
● 塩分過多やアルコールや喫煙

残念ながら46歳という若さでこれらの死因が原因で亡くなってしまいましたが、葬儀は6月26に営まれ、7月3日には渋谷公会堂でお別れ会が行われ、お墓は茨城県つくば市の筑波茎崎霊園にあります!

村下孝蔵の名曲集

ここからは、村下孝蔵の名曲集をお届けしましょう!

生前精力的に音楽活動を行っていた、村下孝蔵の名曲と言われているものは次のものになります!

★ 陽だまり
1987年9月21日発売の、村下孝蔵デビュー8年目12枚めのシングルA面で2番目の歌詞は、アニメ「めぞん一刻」の主題歌として使われました!

個人的にも覚えています、めぞん一刻が大好きでよく観ていたので、あああれかと懐かしい気持ちで一杯なりました。

本当に自分の世界を持っている歌の上手な歌手だっったと遠い記憶が・・・あの歌詞が大好きでした!

「一番大事なこと忘れずに輝いて生きてほしいよ~♫」

まだ子供だったので、素直に歌詞に共感し喜んだ記憶があります!

★ 踊り子
1983年8月25日発売の、デビュー4年目6枚目のシングルです!

この曲は、次の歌手がカバーしました!

● 中森明菜
● sona

名曲「初恋」の後に販売され、10万枚の大ヒットとなっています!

★ 春雨
1981年1月21日に発売された2枚目のシングルです!

★ ロマンスカー
1992年11月21日21枚目のシングルとして発売されています。

実はこの曲は、村下孝蔵が一番好きだった曲で、先程書いた病気が死因となってしまったとき、葬儀の出棺のときに流されたのです!

★ ゆうこ
1982年4月21日4枚目に発表し、タイトルは当時婚約をそしていた元妻の名前です!

★ かざぐるま
1986年4月21日、9枚目です!

★ 少女
1984年4月1日7枚目。

★ 夢のつづき
1984年9月21日8枚目。

★ 風のたより
1988年11月21日14枚目。

カラオケでよく歌われている村下孝蔵の曲はやはり名曲の初恋です!

最初に書いた通り、よくカラオケに行っていた頃必ず男性がこれを歌うので、自然に歌を覚えてしまった記憶があります!

時代を越えても色あせない村下孝蔵の名曲、あなたはどれを選びますか?




今回は、村下孝蔵の名曲初恋の動画や歌詞をご紹介したり、死因についてシェアしていきました!